けなすこととほめること。P・ケイルと淀川先生の御本のこと。

たけし、“宿敵”おすぎ!?をメッタ斬り!

 評論家だって食っていかなきゃいけないわけで、CMに出ることもあるだろうさ。
 映画会社の宣伝してないプロの評論家がどれだけ居るっての(大学教授とかエッセイストとかの本業の無い人で)。つうか、それ無しで食ってける人がどれだけ居るっての。そんな周辺人口を養えるほどに、日本の映画産業ってのはでかいものですかねえ。
 みんな、そうやってコメを買ってる。職業的良心ってのは自分でHPかブログでも立ち上げれば癒せる。遥かな昔に、だから渋谷陽一は自分で雑誌立ち上げたけど、そうやってそのジャンルのリーディング・マガジンにまで上り詰めたのはロッキン・オンだけだろう。

 個人的に言うと、おすぎの批評はもはや信じてない。『フィールド・オヴ・ドリーム』を人生この一作と言い始めたあたりから、この人は毎年人生この一本が出るようになった。
(ただし、週刊文春の採点批評で、おすぎと中野翠の評が揃って満点の場合は疑いを抱き、揃って最低点の場合はチェックする、そういう風には使ってる)

 問題はCMのことじゃなく、評論家というのが自立した仕事であると、当事者だけでなく周囲もそう認識しているかどうかでしょう。映画動員のために(金積んででも)「褒めてもらう」ことしか考えない、制作側にも問題はあるんじゃないの。
「評価してもらう」んじゃなくて、「褒めてもらう」ことにしか意味を認めてないって言えばいいかな。それは今、あの人に評価してもらいたい、と思える評論家がいないからとも言えるけど、そんな風に評論家の権威なんて認められてないもんと当事者たちは言うだろう。

 私はポーリン・ケイルってアメリカ人の映画批評家のおばさんを尊敬してるけど(おすぎは彼女を見習っているそうだ、へー)、彼女の批評だって、いろんな映画でネタにされるほどきつい。どんな立派な批評でも、けなされれば、監督や俳優に取ってはドタマに来るものだ。だもんで、これはタケシの復讐にすぎません。



 たとえば、アメリカでは、映画だけでなく娯楽産業全体が一大産業として成り立っているから、それを「評価する人」も自立した職業として成り立っている。NYタイムズの批評一つで芝居が打ち切りになる世界だもん。

 日本の場合、映画産業があの体たらくですからね。とても趣味的な産業なので、評論家は宣伝に一役かって金貰うしかないでしょう。んで、さっき言った職業的良心セクションでも、何のことはない、1.身内褒めとよそものけなしに励んでるだけか、2.得意ジャンルでコアなファンをつかみ、より濃密な=オタクな議論を展開する、この二パターンくらいじゃないですか、ほとんどが。
 信頼度が高いと思われてるインディな評論家ってのなんか、概ね2.にすぎないもんな。ある種のファンが好きなジャンルをベタ褒めしてくれて、そういう映画の情報だけ与えてくれるっていう。でも、それって趣味に逼塞したカルトな集団におもねってるだけで、メジャー映画会社におもねってるおすぎとさほど変わらないと思うけどね。
 勿論、そのどちらも悪かないよ。悪いなんて言ってない。だって、対象か、自分か、自分の正義だか自分の信条だか、感受性だか、文章なんてそのどれかか、何かにおもねってなきゃ書けないもん。

 今は、みーんな一言言いたがる時代ですからね。だもんで、私もこうしてブログやってるくらいだし、無知故の主観批評派だから、誰にも何も言えないわ(藁)。
 そこで一番、受けるのは毒舌です。でもね、自分のことで白状すると、実は、怒ったり、けなしたりする方が書きやすいから逃げてるだけだったりしてね。

 何が難しいったって褒める時なんだよ。

 褒めるときに、その人が持ってる知的財産のすべてが出るんだよ。だから、褒めるのはすごく書きにくい。「すっごくいいのーっ!」としか書けず、その度に自分で嫌になる。だもんで、おすぎは『私はこの映画を見るために生まれてきた』ってコピーを使うわけでしょうさ。楽だから。

 だけど、彼女や中野翠が勝手に師匠と仰いでるポーリン・ケイルは、褒めるのもすっごくうまいぜ(ああ、また「すっごく」で逃げてるよ、私)。監督や俳優が一番観て欲しかった部分を観て言う上に、彼らが気づかなかった部分にまで気づいて褒めてやる。ここまでやられちゃあ、作り手側は、彼女の評をお守り代わりに財布にしまうだろう。ジャストミート+ボーナスの賛辞だよ、作り手にとっちゃ動員数や金なんかよりずっとずっと嬉しいもんだ。

 これができるのには、相当な知識と経験がいるんです。

 だから、好きなものを褒めることは本当に難しい。きちんと褒めることができる人はきちんとけなせる。淀川先生は褒めるばっかだって思ってらっしゃる人は、あの人の本をきちんと読んだことがないと思うな。読んでごらんあそばしましな。いやあ、辛辣とか辛辣でないとかってレベルじゃない(藁)。にっこり笑って大虐殺。
 例えば、『映画千夜一夜』という蓮實重彦と山田宏一との名対談集がありますが、あれなんて、あの蓮實と山田が斬られていじられて息も絶え絶えって本ですぜ、お客さん。
 読み終わった後、正座して、私は一体今まで映画の何を見ておったのかと一週間くらい自己批判したくなる。そういう恐ろしい本だす。

 せめて、百行を十行に、十言を一言にと思って励んではおりますが、こんなにだらだら書いてる内は、一生ダメでしょう(藁)。ああ、書いた言葉が一つ一つ胸に刺さるわ。しかも、話は完全にずれちゃってやがんの(藁)。

ポーリン・ケイルの本
映画辛口案内―私の批評に手加減はない
今夜も映画で眠れない
明かりが消えて映画がはじまる -ポーリン・ケイル映画評論集

淀川長治先生の御本
映画千夜一夜〈上〉
映画千夜一夜〈下〉
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by acoyo | 2004-11-24 18:44 | 映画・ドラマ | Trackback(2) | Comments(17)
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Tracked from T's Soliloquy at 2004-11-25 09:51
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Tracked from coza4 diary at 2008-05-27 13:39
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「coza4 diary 書評と日記」というタイトルのサイトをつけているけれど、あんまり本の話はしません。 書かない理由はいくつかあります。 人に言うほど読んでいないから書かない...... more
Commented by PiuLento at 2004-11-24 19:20
> 何が難しいったって褒める時なんだよ。

まったくそうですね。私も観た映画の感想をブログに書くとき、
「よかった」以外の言葉がなかなか浮かびません。

淀川長治さんの映画批評は、産経のweb(http://www.sankei.co.jp/mov/yodogawa/index.html)でも読めますが、かなり参考になります。本も読んでみたいです。
Commented by princess_gloom at 2004-11-24 19:40
評論家、批評家という職業は
「経験と情報」だけではなく、その人の「スタンス」が問われると思います。
対象が一定の評価を得ていないときにこそ、発揮される仕事だと思うのです。
「対象ありき」で成立するお仕事なので、余計に個人のスタンスが成立していないと「ただの迎合」になってしまうということでしょうか。
Commented by forest-sea at 2004-11-24 19:41
どきっ、ぐさっ、ぐさっ。
討ち死にしますた。

そうゆう訳で、基本的に誉めると言うより、自分が好きか嫌いかで、取り上げる取り上げないかの区別をしようと思っとりあす。
やっぱ、最後は愛だろ、愛。
Commented by acoyo at 2004-11-24 20:12
>PiuLentoさん
 淀川先生のはここにもありますよ♪
http://www.magazine.co.jp/features/movies/yodogawa/1143velvet/home.html

>princess_gloomさん
 そう言われる通りだと思います。でもね、そのスタンスを取るには、そうできるための「場」がいるわけですよ。その「場」が今の日本には、映画業界には無いなあと思います。

>forest-seaさん
 そうおっしゃるだろうと予想しておりました(藁)。でも、森と海さん、全然OKじゃんってどんなに言っても信じないんでしょ? 困ったお方だよー、自分がどれだけ財産持ってるか認めようとしないんだからさ。私なんか嫉妬してるってのにさ。 
Commented by bukabin at 2004-11-24 20:21 x
そもそも おすぎさんは微妙に視点が違うと思うんです.
男性に生まれてしまった女性の複雑な中性心というのは きっと
複雑な女心の比ではないほど複雑なのかもしれません.
おすぎさんのレビューを参考にしたことは1度もありませんが。

わたしは映画がつまらなすぎると,怒りのあまり毒舌さえも
「このっこのっ!バカ!監督めー!」っちゅー感じです。
レビューどころの話ではありません。
もちろん褒めるレビューなんか無理です。
あこさんは書けてる,謙遜しないでほしい。
Commented by zazies at 2004-11-24 20:28
淀川さんはご自分の人生を賭けているという気負いも全くなく、何事にも良いところを発見できる才能をお持ちだったと思いますよ。しかも宣伝のために褒めている気なんてたぶんないと思うから、すっごいいやな映画観たあと私と意見が食い違っても、「何言ってんの?マジでそう思ってんの?」っていう誤解が生じない。人生にもそれが言えるわけで人の良いところを探すなんて並大抵のものではない。でもそれが自然とできてるってのはまねてできることではないでしょうね。だから映画雑誌もおもしろくなくなってきた。かえって本音でこうやって書いてる一般人のがよっぽど参考になってませんか?今回たけしも珍しくマに受けてるのはギャグなのかどうかと疑ったり。
Commented by jaguarmen_99 at 2004-11-24 20:37
基本映画などわざわざ観にいかない人間なもので、もとより評論家の言葉など気にかけてはいないのですが、昨今はロードショーからすぐテレビ放映されたりすることが多くコメントがまだ記憶から消えないままテレビで観られることも有ります。
が、どれをみてもCFで騒ぐほどの感動を与えるのかといえばむしろ逆と言った方が早いぐらいで、評論家というのは何をもって吟味・評論しているのかハッキリさせてこその自営業と呼べるのでしょう。評論家評論ってのもこれからはアリかもです(笑)。
Commented by acoyo at 2004-11-24 20:59
>bukabinさん
 熱い言葉をありがとうございます。ただ、謙遜で言ってるんじゃないのよ、ホントに。自分で結構、情けながってるの~。

>zaziesさん
 最近は私も一般人の方が信用できます。映画雑誌、ほんと!面白くないしね。カットもインタビューがいい他は「ファン雑誌」になっちゃったし。んでも、ニューズウィークとかに載ってる向こうの評論家の映画評は、確かに面白い。上でお姫様が書いてる「スタンス」があるんですね。それもこれも、「評論家」ってものをきちっと育てる土壌がないからだって思うんですよ。それはネットでの「議論」の問題もそうかもしれない。

>jaquarmen_99さん
 評論家評論、必要かもしれません。マジで。
Commented by ちゃお at 2004-11-25 00:16 x
映画の宣伝や大学教授といった、いわゆる「副業」をこなさないと生活していけないというのは、つまりは職業ではなく趣味の範囲、ということですよね。プロとはいえないわけです。まあ「軍事評論家」や「災害評論家」がそれだけでメシ食えるような世の中は、それはそれで困るわけですが。

私の職業が「日曜サッカー選手」でも「パーティDJ」でもなく、「プログラマー」であるのとそんなに変わらないんでしょうね。

今ふと思ったのですが、評論家という職業は資格も入社試験も必要ではなく、「私は今日から○○評論家よ」と言った瞬間からそうなれるあたりはプログラマーに似てるなぁww
Commented by umaco at 2004-11-25 00:43
淀川先生大好きです!日曜洋画劇場で映画が終わったあとに「そんなトコまで」褒めるんだって言うくらい褒めたかと思えば(何の映画だったか忘れたのですが)「いいんですか?先生」って言うくらい「面白くないですねぇ」ってハッキリ言い切ってました さらにそこからその映画のディティールを「アソコはこういう理由で面白かった」と褒めるべきところは褒めるあたりが凄いです
ちなみに美容師の褒め言葉 30%くらいはお世辞です(笑)
Commented by nycticorax at 2004-11-25 02:31
蓮見氏がのされる対談、読みたいです (w。
評論...、基本的には敬意を持つか否かような気がします。淀川氏は、多分、映画と言う娯楽を提供してくれる監督や俳優がありがたくてしかたなかったんでしょうね〜。ですから、そういう努力の跡が伺える場所がすぐ分かるのかもしれません。
...そんな評論家、もう、いませんね。
Commented by tsutsumism at 2004-11-25 09:48
こんにちわ、共感するところが多かったのでTBさせてもらいました。確かに評論だけでは食べていけないし、そういう環境の日本映画界ですが、幸運にも評論をして(副業としてでも)食べていける人には是非ポーリン・ケイル並の映画・映画批評に対する知識を身に着けて欲しいと思います。批評・評論が褒める・けなすの二極化・二元論で成り立っているわけではないとより多くの人が理解するようになれば少しずつでも日本の映画評論界が変わっていくのではと楽観視したいところです。
Commented by acoyo at 2004-11-25 17:43
>ちゃおさん
 日本のエンターティメント産業というのはどんどんプロを忌避する傾向がありますからね。
 言った日からなれると言う点では「芸術家」もそうですね。

>umacoさん
 淀川先生の凄さがわかるようになったのは、私はずっと後でした。その通り、あんな評論家は今、いません。これから出て来てくれると嬉しいんですが。それと30%がお世辞ってことは、70%は真実なのね、ほっとしました(藁)。
Commented by acoyo at 2004-11-25 17:43
>nycticoraxさん
 いや、大好きな先生を前にカワイイもんです。すごく面白いから是非読んでみてください。
 敬意の問題だと私も思います。「物を創る人たち」への敬意を払うかどうかですね。そのあるなしは、大きいと思います。評論家が権威をもてというのは別に高みに立てというわけではないので
>tsutsumismさん
 初めまして。トラバありがとうございます。評論とは何かを考えることは、結局は表現とは何かと考えることに他ならないわけで、私も日本の映画評論が変わってくれれば嬉しいと思います。
Commented by wake1 at 2004-11-27 04:59
蓮実さんは、けっこう、どこでものされまくってるよね。浅田センセイとかにも、なんかバカにされてるっぽいし(藁 有名人といっしょに写真とりたがって、それがいかにも得意そうで、そういうところ隠さないから、かわいいヒトだとは思うけどな、ハスミン。

キタノさんは、自作をけなされたりするのは、一番傷つくタイプみたい。自分の映画にかんする、マイナスのことが耐えられないみたいよ。海外の某映画コンペで映写機が壊れて、音声がでなくなった時も、頭抱えて顔、ほんとのいみで引き攣らせてたって聞いたことがある。それだけ自分と作品とはまた別だって、切り離せないくらいなら、映画作らないほうが、身のためだと思うんだけどね。
Commented by wake1 at 2004-11-27 05:02
おすぎに対して、無視してたのは、イヤすぎて考えるのもイヤだった、というのが正しそう。
んでね、誰かがチラリと触れてたけど、おすぎは、基本的にマスコミに山ほどいるヲネエだけど、ノンケオヤジの見解とほぼ、ずれないような気もしたよ。あんま、女性的な観点というのは彼には期待できんものにだ、とオレは思います。単純に男好きのオッサンの視点で、その男の好みというのがクラシカルで当世風でないから、そのズレがまた面白いんだけどネ。
Commented by acoyo at 2004-11-27 18:27
>おてんばさん
 丁寧なコメントありがとう。北野氏はそうだろうと思います。それもわかるけど、言われるとおりですね、批評と作品、自分と作品を切り離せないと自滅するぞ、と。おすぎについては、なるほどなと思いました。んで、そのズレで商売してることも当然だと思う。
 ハスミンはねー、あれも古典的な学者さんですよね。もうちょっとわかりやすい日本語書いてくれとは思いましたが、今はもう読まんくなったしなー(藁)。おまけに純情派だしねえ、彼。