胡同は消えてゆく

 ケーブルTVにはディスカバリーチャンネルとゆー、一日ノンフィクション・ドキュメントばかりやってるとこがある(フォックス・チャンネルだと、一日『Xファイル』か『バフィー』をやっている)。そこのアジアン・アワーというシリーズで、北京をやっていた。
 オリンピックの建設ラッシュの中、北京の古趣豊かな街並み、清朝の貴族や大富豪が住んでた四合院(中国の住宅様式、中庭を囲んだ大邸宅)の屋敷や昔ながらの庶民の家が並ぶ路地、胡同(ふーとん)が取り壊されてゆくという話だった(どっかのCMで、長嶋さんのそっくりさんがご飯食べてたとこね)。北京市は現在の絶望的な住宅難からも、観光用にちびっとだけ残して、後は軒並み壊す腹らしく、不動産屋も大はしゃぎってとこ。前にNHKでもやっていたし、他のニュースでもよくみる。

 今や胡同は有名だし、観光ドル箱でもあるが、私が四合院の館を想うようになったのは、『花の影』という陳凱歌の映画を観てからだった。映画自体はコン・リーとレスリー・チャンの悲恋物だが、その濃さたるや「たん、たん、耽美の♪」と歌いたくなるほどで(撮影はクリストファー・ドイルだし)、お笑いを越えて不条理ホラーの域にまで達していた。
 閑話休題。だが、舞台となった水郷の館だけはうっとりするほど美しかった(だから、クリストファー・ドイルだし)。中庭をめぐり、部屋から部屋へと回廊を辿る古い家は、まるで夢から夢へと辿る浅い眠りの中を漂うかの如く、朧に遠く、美しかった。
 
 でなくとも、私だって、古い町並みが壊されるのはいやだ。昔ながらの住宅街だったうちの界隈でも、昨今、松と五月と沈丁花の庭がどんどんまがいイングリッシュ・ガーデンになっていく。それにうんざりして引っ越しを同居人に進言し、「なら稼げ」と言われている。
 だが、根がへそ曲がりだから、三十分間の放送中延々「美しい」「歴史的な」「これを壊すのは冒涜」とか聞かされ続けていると、待てよ、と思い始めてしまうのだ。

 残された胡同は清朝のものなんだろうけど、北京というのは、清の前は明、その前は元の都でもあった(山川の年表で確かめた)。元から明へ、明から清へと移り変わる時の中で胡同は完成されたのだろうが、同時に、王朝が変わる都度、やはり北京の景観は変わっただろう。「かつて」を悼む声をも押し潰し、新しい王朝は、新しい時代の主人は、新しい街並みを要求する。清の建国時には、征服者の満州民族が北京に流れ込み、建設の槌音を響かせたに違いない。その音は、明を偲ぶ被征服民の漢民族に取って、殺したろかと思うほど腹立たしい、冒涜の音だったのではないか。
 
 それも数百年たてば、古都の景観となっておさまる。往事は真っ新でぺかぺかだったろう壁も、古色蒼然としてゆかしくもなる。奈良の東大寺だって、建った頃は、今なら笑っちゃうくらいのヴィヴィッド・カラー、エキゾチックでモダンなお寺だったのだ。
 元来、東アジア人は、最近でこそ歴史的景観とか言うておるが、基本的に新しもの好きで、スクラップ・アンド・ビルドの人だと思う。特に日本人は「行く川の流れは絶えずして しかももとの水にあらず」だし、白木好きなのは表面を削ればぴかぴかに戻るからで、畳と妻は新しきを愛する。侘びさびも、古きものへの哀惜も、最新流行に弱いのも、禊ぎが済めば無かったことも、「世の中にある人と住家と、またかくの如し」、 それもこれもひっくるめての国民文化だ。

 「かつて」坂口安吾はこう言った。
京都の寺や奈良の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かないと困るのである。我々にたいせつなのは『生活の必要』だけで、古代文化が全滅しても、生活は亡びず、生活自体が亡びないかぎり、我々の独自性は健康なのである。なぜなら、我々自体の必要と、必要に応じた欲求を失わないからである」(『日本文化私観』
 ……いえ、これは極論ですよ。私は電車が止まっても、法隆寺が燃えてもたいへん困ります。(余談だが、坂口安吾は、多感な学生時代に、背中の〈ラジカル〉の入れ墨で人を誑かす、やくざな教師みたいな作家だった。今は結構他人だが、まだしぶとく本棚に居る)

 しかし、現実に今の胡同の多くは、改修もされずに放置され、隅々まで住み荒らされている。革命後の住宅計画により、かって一つの大家族がゆったり住んでいた屋敷をさらに細かくわけ、何世帯もぶち込んだのだから仕方あるまい。この現状なら、滅びを悼む声の傍らに、掘削機とブルトーザーの唸りに併せて若く明るい歌声も上がるのも当然だろう。
 胡同に住む若夫婦は言った。ここは親戚もみんな近所で、大好きだけど、子供も居るし、部屋はどうにも足らない。何とか新しい団地に移りたいけれど、お金がない。取り壊し指定が下りれば、立ち退き料で移ることができるのに。
 こう言われると、部外者は独り密かに哀惜しているしかない。九龍城砦に続き(おいおい、並べるな)、また一つのアジア的迷宮空間がこの世から消えてしまうのだなと(だって、観光用の保存なんて木乃伊の展示でしょうが)。そして、安吾は言うのだ。
武蔵野の静かな落日は消えたが、累々たるバラックの屋根に夕陽が落ち、埃のために晴れた日も曇り月夜の景観に変わってネオン・サインが光っている。ここに我々の実際の生活が魂を下ろしているかぎり、これが美しくなくて、何であろうか。(中略)我々の生活が健康であるかぎり、西洋風の安直なバラックを模倣して得々としていても、我々の文化は健康だ。我々の生活も健康だ」(同)
 「かつて」の日本も、かくあれかしと思い、選択したのかもしれない。
 だが、今の日本の生活が健全だとは、私には言えない。それは景観だけの問題ではなく、結局は、私たちの実際の生活が、どこにも魂を下ろしていないからなのだろうけれども。
 
追記;どっちにせよ、「寂しい」とか「哀しい」つう感傷だけでは変わりゆく景色を留めることはできないんだけどさ。ヨーロッパの石の街を守り続けているのは、市民の「不屈の意志」だし。何せ、第二次大戦の爆撃で壊滅したワルシャワを、飛び散った石くれ一個一個広い集めて元のまんま建て直しちまうんだよ。これはもはや西欧的暗い情念、強迫観念の世界、西と東の「都市」及び「市民」概念の違いだ。
 あ、それと、坂口安吾をご存じない方、彼をただの進歩主義者とか開明主義者とか思わないでくださいね~。全然、違うから。
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by acoyo | 2004-09-03 22:47 | その他 | Trackback | Comments(0)
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