Cante Grande 梅田イーマ店  半径20キロ強の散策

b0016567_21334732.gif 私が通っていた予備校は十三にあって、定期料金が終点の梅田までのと同じだった。
 おっさんの歓楽街十三に小娘の面白いモノがあろう筈もなく、だもんで、私はトーゼン、定期は終点まで買い、毎日のように街に出て来ていた。
 大学に落ちたのは哀しかったけど、暢気な県立高を出たばかりの私には、毎日梅田の空気を吸えるのはかなり魅力的だった。お小遣いは乏しかったし、まして浪人の身で流行のブティックで何か買えるというわけでもなかったけれど、街をうろうろしているだけで楽しかった。
 そして、何とかやりくりして三日と明けずに、マルビルにあったカンテ・グランデというカフェに通っていた。その店はインド紅茶店の老舗で、あの頃としてはかなり豊富な葉を揃えていた。
 の割に、いつも空いていて(藁)、シタールやタブラの民族音楽が流れる店内では、大きなカルトンを抱えた近所の美術専門学校の生徒が静かに話し込んでいた。
 みんな決して服にお金をかけていはいなかったが、至極あっさりした格好に一味入った風で、一つ、二つの歳の差が遥かに上に思えた頃の私には、すごくソフィスティケートされて見えた。

 翌年、潜り込んだ大学は郊外で、また街には遠征せねばならぬ身に戻り、会社勤めを始めてやっと、私は再び毎日、梅田に通うようになった。そして、今度はそのマルビルの店の向かいにできた、姉妹店によく行った(紅茶店なら堂島MUSIKAにもよく通った)
 そこではいつもオペラが流れていて、やはり平日は空いていた。昼休みや会社が終わった後、そのお店のお気に入りの隅っこに座り、マリア・カラスのトスカを聴きながら、本を読んだりした。(考えてみりゃ、クリームチーズ+ハム+レタスの〈マリア・カラス・チャパティ〉つうメニューが定番であったから、オーナーがオペラファンでも不思議はない)
 金子光晴の『マレー蘭印紀行』を読んでいたとき、その一部の隙もない見事な文章の、泥混じりの黄色い熱帯の川の描写と、流れていた何かのアリアとが相俟って、ふとヘルツォークの『フィッツカラルド』の光景がぱあっと目の奥に広がったことがあった。クラウス・キンスキーが、アマゾンの川で、蓄音機のオペラを流す場面だ。私はちょっとうっとりして、暗い照明を見上げたりした。
 そんな風にぼんやりと30分ばかり過ごし、私は、息苦しい会社の中で煮詰まってしまった頭を冷まし、家へ帰った。

 今日は、その頃の友人と久しぶりに会った。
 会社のあったビルの給湯室で知り合った彼女らとは、みな会社が違ったけど、同僚の女の子たちよりずっと気があった。二人とも私より年上なだけでなく社会経験が豊富で、生意気盛りの新人だった私は甘やかされたりさりげに怒られたりしながら、街で働く女のオキテというものを仕込まれ、ものすごおく楽しい何年間かを一緒に過ごした。
 今、その内の一人は東京に住んでいる。彼女が里帰りする度に、こうして三人で会っている。

「かっこいいなあ、綺麗だなあ」とおぼこい新人のOLが羨んだ二人は、今なお綺麗で、相変わらず遠慮会釈のない口調で話した。あれからいろんなことがあり、いろんなことを抱えていても相変わらず浪速女の気っ風と気概でもって、背筋をぴんと伸ばしていた。

 二人と別れた後で、私は旭屋(本屋)に回った後、新しいビルにできたこのカフェの支店に行った。若い子で混んだ店では、声高な会話の中からベルベット・アンダーグラウンドとレディオヘッドが流れていた。けれど、相変わらず厚手の磁器のティーセットで出される紅茶は熱く、チーズケーキの味は同じだった。
 今日は『ボブ・ディラン自伝』を読んだ。最近、仕事相手の方から贈られた本で、とても面白い。


追記:カンテ・G(かカンテと呼ぶ、関西の人は)は、中津に本店があり、梅田ではマルビル、泉の広場、阪急三番街、イーマに支店があります。泉の広場店は同居人の職場に近く、よく会社が引けた後の待ち合わせに使いました。
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by acoyo | 2005-08-18 21:41 | 半径○キロの散策 | Trackback(1) | Comments(15)
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Tracked from にしかわたくの「こんな映.. at 2006-01-13 21:58
タイトル : 『フィッツカラルド』(1982年・西ドイツ)
良心的な映画が2晩続き、すっかり傷も癒えましたので マイスィートホーム変態村 へ帰って参りましたにしかわでございます。 この『フィッツカラルド』は 私の人生ベスト5に入る強烈な作品。 「いい映画」なんつー陳腐な誉め言葉で括れるような 甘っちょろいものではありません。 ヤバい〜コレちょーヤバい〜(例の節で) 19世紀末のペルー、アマゾン河 ジャングルの奥地にオペラハウスを建てようとした一人の男の 夢と冒険、狂気と絶望を余すところなく描ききった 一大スペクタク...... more
Commented by 佐倉純 at 2005-08-19 00:01 x
十三の予備校ってどこだろう?
北予備なら夏期講習に行ったことある。
ちなみに私はなんばの大予備で浪人で一年間通ってました。
Commented by kiyotayoki at 2005-08-19 00:04
こういう喫茶店を今も続けてくれてるお店の方に感謝したくなっちゃいますね。ボクが学生時代に通ってた喫茶店なんかとっくの昔に消えてなくなっちゃってますもの(T_T)。
ああ、美大生がよく抱えてる画板みたいなやつ、カルトンっていうんですか。覚えとこ。
Commented by tonbori-dr at 2005-08-19 00:08
あーカンテってなんか凄く久しぶりに聞いた(笑)
ミナミ専門なんでウメダ/キタ系は詳しくないけどココは有名でしたな。
ウルフルズも歌っているし。
そういえばジャズ喫茶というわけではないのにJBLのパラゴンっていうほぼ家具みたいなバカでかいスピーカーを置いてた贔屓の店がしまってからとんと喫茶系もご無沙汰しております(^^;
Commented by satsuki at 2005-08-19 01:58 x
あー、最近このあたりはとってもご無沙汰だなぁ……。
もすこし、涼しくなったら出かけよっと。
Commented by loro at 2005-08-19 03:17 x
古い友人に会った?
Commented by kingdow at 2005-08-19 04:14
私も梅田で働いていた頃は、マルビルのタワレコとカンテはよく行ってました。たいていディンブラの薄めを頼んでいました。ラプサン・スーチョンの正露丸のような香りもわすれられません。キングの新刊が出ないかと毎日のように旭屋を覗いたことも思い出しました。

寄り道スポット結構ダブってるように思われ、どこかですれ違っていたかもですね。

Commented by KAZZ at 2005-08-19 17:43 x
たまには、チビ太抜きで出掛けたいもんだなあ。
本読みながらお茶、なんて贅沢な時間だ♪
カンテ・グランデってのは「ウルフルズ」がバイトしてたんで、TVで取り上げられて知りました。嗚呼、ミーハーだあ。
Commented by acoyo at 2005-08-20 00:03
★佐倉様
その北予備です。ラブホ街を突っ切って通うというなかなか楽しい経験をいたしました。佐倉さんは浪速ですかあ。ロケーションはそっちの方がいいんじゃないのかなあ。

★kiyotayokiさん
カルトン、と言ったと思うんですよ。今んとこ美大出の連れから突っ込みは来てないし(藁)。カンテは続いては居ますが、雰囲気は変わりました。ちらっと書いたように、かなりうるさい喫茶店になってます。中津の本店の方は今も雰囲気いいみたいですけどね。

★tonboriさん
そのウルフルズの件も知らず、有名なのも実は知りませんでした。生き延びたとこみると流行ってたんだろうなあ。単に自分が紅茶党で、あの当時、少なかったから通ってたんですけどね(今も数は増えたが不味いとこが多い)。ケーキとチャパティ美味かったし(藁)。

★さっちゃん
今、行くとがっくり来るかもしれん。マルビル店は行ってないが客層は変わったと思われ。

★loroさん
うん。会った。いろんな悩みも聞かされたが、いろんな元気ももらった。
Commented by acoyo at 2005-08-20 00:03
★kingodowさん
最近は近所に紀伊国屋がある上に、梅田にはジュンク堂というばかでかい店ができたんで旭屋もご無沙汰で、久しぶりに行きました。
絶対すれ違ってますね。日参コースがまんま同じです(藁)。旭屋のポケミスコーナーで足踏んだ女とか、タワレコのレジの前でぶつかった女とか、カンテで灰皿落として騒いでた女とか、そういう粗忽な女にご記憶はないでしょうか? それが私です。私もよくディンブラ飲みました。後、ウバかな。タワレコでCD買ってNME買って(よそより輸入雑誌が安かったんで)、あの店で開くのが楽しみでした(読めねえくせに)。最初に行ったプリンスのチケット買ったのも、多分、マルビルのぴあと思う(藁)。

★KAZZさん
チビ太くんと行った方が絶対いいと思うなあ。おとうさんが教えてくれたカフェなんてすごくいいじゃないですか。いずれ、チビ太くんも向かいの席で黙って本を読むようになって、そいで一人か友達と店に行くようになったら、ホントにいいじゃないですか。
Commented by umaco at 2005-08-21 00:50
ここまで行動範囲が被っているともはや運命ですよ(しかもkingdowさんまで) 自分はマルビルのとなりの駅前第1ビルにあった服飾専門学校に通っておりました そうあのM学園ですよ 堂地下もマメに通っておりました
とはいっても貧乏専門学校生はこのような店には通えません(笑) 作品の打ち合わせで10人以上で店を占拠しても嫌がられない事
提出課題をやっつけるのに4人がけテーブルを1人で使っても許される事が「使える店」の条件です
Commented by 佐倉純 at 2005-08-21 02:57 x
おいらは普段は難波の大阪予備校に通ってたですよ。
で、夏期講習の授業の内容で、十三の大阪北予備に通ったことがあるですよ。
確かに、十三のほうが、景観はいいですねw
北予備は近くにラブホと寺と予備校があって「人生の縮図やな」と思ったことがあります。まさにゆりかごから墓場まで。
Commented by acoyo at 2005-08-22 11:52
★umacoさん
運命ですね、運命です。こうなるとねえ、訊きたいさあ、kingdowさんにも。
大毎地下劇場で映画観ませんでしたかあっ?!と(大藁)。

★佐倉さん
ええ、ロケーションは負けていても景観はナイスです(藁)。いや、、教室から川向こうの梅田が一望ってとこも確かにありました。土手で弁当も食べたし、キャッチボールもしました。登校時に、ラブホからさりげに出て来るお二人に遭遇することも多々ありました。「人生いろいろ」だなあと思いました。
Commented by y_natsume1 at 2005-08-25 18:59
「マレー蘭印紀行」は僕も大好きで、個人的なバイブルでもあります。 下世話で美しくて、たとえようもなく魅力的な文章。 この本を、マレーシア駐在時にバトゥパハ出張で持参し、現地で読んでいました。 まさに至福のときだったですねぇ。  
「ボブ・ディラン自伝」ですか。 かっこいいっすね。
こちらの記事の文章だけ、いつものacoyoさんとなんか違う。 いいっすね、こういう文章。すごく好き。
Commented by acoyo at 2005-08-25 22:29
あの紀行モノはどれもすごいですね。それをマレーシアで読むなんてまあ嫉妬。「ボブ・ディラン自伝」はまだ終わってませんが、面白いですよ。
あはは、なんか違うと言われても、どうなんだろ(藁)。自分ではよくわかんないっす。
Commented by taku-nishikawa at 2006-01-13 22:05
TBさせていただきました。
金子光晴の紀行本、中国へ行くやつだけ読んだことあります。
船の中で雑魚寝している中国人の娘の股間に手を入れて、ウ●コの臭いがする、ってとこだけ覚えてます。