カテゴリ:半径○キロの散策( 54 )

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それぞれの部屋にこもりて夜の長き  (片山由美子)






片山由美子作品をめぐって(俳句工房[ZA])







私はこういう場所を知っている。
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 ジェンヌとは、某国民的歌劇団が団員を呼ぶ呼称である。
 ファンでもねえのに、んなことを知っているわたくしも、所詮は幼稚園の大きい組以来、その歌劇とごくごく一部の高級住宅街のことしか世間には言いふらしたがらない街で暮らしておるからには、いろんな感性がバカになっておると思う。
 なんせ市庁舎にはアールヌーボーまがいのベランダがついており、市警本部までそれを低予算で真似てみせ、市民の7割が「スミレの花咲く頃」が歌えるのだ(今は知らんが、昔はですね。「文化教室」てな名前で、全校打ち揃って歌劇のゲネプロを見るという学校行事があったのさ。無論、無料)。どこの駅前商店街にも一つは、ぎったぎったのどピンクとど紫とレースでコーディネイトされた店があるしな。
 そんな風に、とにもかくにも「乙女属性」がプライマルな街。よそから来た友達はびびるけどさ、わたくしなんかもー平気だもんね。もー精神汚染されちってるもんね。

 ツヅク

んで、実は今日になって知ったのだが、
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b0016567_21334732.gif 私が通っていた予備校は十三にあって、定期料金が終点の梅田までのと同じだった。
 おっさんの歓楽街十三に小娘の面白いモノがあろう筈もなく、だもんで、私はトーゼン、定期は終点まで買い、毎日のように街に出て来ていた。
 大学に落ちたのは哀しかったけど、暢気な県立高を出たばかりの私には、毎日梅田の空気を吸えるのはかなり魅力的だった。お小遣いは乏しかったし、まして浪人の身で流行のブティックで何か買えるというわけでもなかったけれど、街をうろうろしているだけで楽しかった。
 そして、何とかやりくりして三日と明けずに、マルビルにあったカンテ・グランデというカフェに通っていた。その店はインド紅茶店の老舗で、あの頃としてはかなり豊富な葉を揃えていた。
 の割に、いつも空いていて(藁)、シタールやタブラの民族音楽が流れる店内では、大きなカルトンを抱えた近所の美術専門学校の生徒が静かに話し込んでいた。
 みんな決して服にお金をかけていはいなかったが、至極あっさりした格好に一味入った風で、一つ、二つの歳の差が遥かに上に思えた頃の私には、すごくソフィスティケートされて見えた。

 翌年、潜り込んだ大学は郊外で、また街には遠征せねばならぬ身に戻り、会社勤めを始めてやっと、私は再び毎日、梅田に通うようになった。そして、今度はそのマルビルの店の向かいにできた、姉妹店によく行った(紅茶店なら堂島MUSIKAにもよく通った)
 そこではいつもオペラが流れていて、やはり平日は空いていた。昼休みや会社が終わった後、そのお店のお気に入りの隅っこに座り、マリア・カラスのトスカを聴きながら、本を読んだりした。(考えてみりゃ、クリームチーズ+ハム+レタスの〈マリア・カラス・チャパティ〉つうメニューが定番であったから、オーナーがオペラファンでも不思議はない)
 金子光晴の『マレー蘭印紀行』を読んでいたとき、その一部の隙もない見事な文章の、泥混じりの黄色い熱帯の川の描写と、流れていた何かのアリアとが相俟って、ふとヘルツォークの『フィッツカラルド』の光景がぱあっと目の奥に広がったことがあった。クラウス・キンスキーが、アマゾンの川で、蓄音機のオペラを流す場面だ。私はちょっとうっとりして、暗い照明を見上げたりした。
 そんな風にぼんやりと30分ばかり過ごし、私は、息苦しい会社の中で煮詰まってしまった頭を冷まし、家へ帰った。

 今日は、その頃の友人と久しぶりに会った。
 会社のあったビルの給湯室で知り合った彼女らとは、みな会社が違ったけど、同僚の女の子たちよりずっと気があった。二人とも私より年上なだけでなく社会経験が豊富で、生意気盛りの新人だった私は甘やかされたりさりげに怒られたりしながら、街で働く女のオキテというものを仕込まれ、ものすごおく楽しい何年間かを一緒に過ごした。
 今、その内の一人は東京に住んでいる。彼女が里帰りする度に、こうして三人で会っている。

「かっこいいなあ、綺麗だなあ」とおぼこい新人のOLが羨んだ二人は、今なお綺麗で、相変わらず遠慮会釈のない口調で話した。あれからいろんなことがあり、いろんなことを抱えていても相変わらず浪速女の気っ風と気概でもって、背筋をぴんと伸ばしていた。

 二人と別れた後で、私は旭屋(本屋)に回った後、新しいビルにできたこのカフェの支店に行った。若い子で混んだ店では、声高な会話の中からベルベット・アンダーグラウンドとレディオヘッドが流れていた。けれど、相変わらず厚手の磁器のティーセットで出される紅茶は熱く、チーズケーキの味は同じだった。
 今日は『ボブ・ディラン自伝』を読んだ。最近、仕事相手の方から贈られた本で、とても面白い。


追記:カンテ・G(かカンテと呼ぶ、関西の人は)は、中津に本店があり、梅田ではマルビル、泉の広場、阪急三番街、イーマに支店があります。泉の広場店は同居人の職場に近く、よく会社が引けた後の待ち合わせに使いました。
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 暗い座敷から、簾越しに眩しい夏の光を、緑を見る。風鈴が幽かに鳴って、あるかなきかの風が、簾越しに座敷を通る。
 午下がりから蜩が鳴き始めるまでの時間は、止まっているかのように長い。

 これがみな、今の家では失ってしまった「夏の贅沢」だと思う。
 何より、この昏(くら)さというものが。

 タイトルの俳句は正岡子規です。
 つうことで、

 暑中お見舞い申し上げます。


 私はこれから、近場の温泉にまいります。すいません、昨日のレスは晩につけます。

 そいでもって↓のエントリ、賭の参加者が一人しかいない~(涙)。あっちのbbsでもこっちのコメントでも乗ってくれる方募集中!

追記:夏に相応しい一枚ってのでなら、umacoさんの蓮の花がステキっ。
ナツのソラにとどくよう(下衆牢愚)
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 まだこのネタ引き摺る気かとおっしゃる方、後1回で終わりだし、辛抱して。要するに夏のUV対策ならぬネタ涸れ対策。だって、あじゅいんだもんってのは一昨日も書いたな。

 ほんで、病院に行ったら、「ただの」貧血って言われて薬もくれないんで、「ただの」ってのがあるなら「有料の」貧血もあるんかいと突っ込みそうになったが、大人しくほうれん草の束買って帰った。そしたら、同居人が人参買って来た。んで、人参食ってほうれん草食ってって、ウサギさんかわたくしは。
 ここまで枕で引っ張るあたりも今の私の文章能力の低下ぶりがしのばれる……って、それはもういいって。

白山スーパー林道って聞いた時さあ、
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円光寺裏手疏水

 古川の町は、想像以上に静かで、何もなかった。
 高山もそうだったんだけど、観光客がどっと押し寄せる直前だったもので、町が普段の顔を見せてくれていたのかもしれない。(NHKの連ドラの舞台になったという和蝋燭の店だけ異様におばちゃんがたかっていた。おかげで蝋燭買いそびれた)
 それで、ここの美観保存区域というのは小さくて、高山ほど気安く古い民家があるわけじゃない。新建や改修した家も多い。そこで市の奨励もあるようで、アルミサッシや新建材を使いつつも昔風の面影を守ろうとしてはいる。
 とはいえ、売り物の漆喰壁も、大慌てという感じで塗り直してあったりして、新家印材の「昔風」がみな趣味がよいとは言えず、どうもなあというものも多々あった。
 だから、「これだけかい」とか「裏切られた」と思う人も居るだろう。うちの古典的教養主義者のマミーなら、間違いなくそう言って怒るだろう。

 けれど、私には、高山よりずっとマイナーな観光地ということもあり、町が町の背丈に合わせて無理していない感じがして、むしろ気持ちよかった。
 何よりも、ここの古いおうちは、あるいは古い造り酒屋は、建て替えてようが多少新建材を使っていようが、今なお普通の住居として、そのままのお酒屋さんとして機能している*1、、今なお家々は生きている。
 その佇まいがとても自然で、感じがよかった。

ツヅク。
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 ちゃんとまともに「合掌造り」的部分をフィーチャーして撮ったのもあるんだけど、どうも安い絵はがきみたいで、雰囲気も何も出てないという(藁)。すいません、未熟者です。
 つうか、あの小さな集落はまずもって「集団勝負」ってとこがあり(藁)。それに何よりかにより、あの集落の四方をぐるりと囲んでそそり立つ山々とその緑、その目眩くような、使い古された言葉でいやなんだけど「圧倒的な自然」の物量感が無いと、どう撮ってもメルヘンでおさまっちゃうの。テーマパークの書き割りなの。素人の腕や素人の使うカメラで手に負えるような、ちょろい景観じゃない。
 だからやっぱ、冬もっぺん行こうと思った。冬ならそれぞれの単体でもまだ絵になるかと。

 んで、それはともかく、私はあの集落のことを、あれからずっと考えてるんだよね。
 んでまだ、答えは出ないわけさ。
 考えてるってことは、私の受けた印象の中には、結構、ネガティヴなものも多いってことで。勿論、ツーリスト公害ってのがまずもってあるんだし、私もその物見遊山客の一人だったわけで、それが俗化とか近代化って言い方で片づく問題じゃないことはわかってる。
 勝手に夢見たこっちが悪いんで、萩町には今の萩町の現実しかないのもわかってる。それが全部イヤだったってわけでもない。まあ出不精押して行ってよかったと思いました。
 行ったからこそ、まだずっと考えてるんだしさ。世界文化遺産って、何なんだろうなってさ。

 まとまったら書きます(ってまたいつもの手だよ)。だからこれは予告編。高山とか古川とかについて書く方がずっと楽なのは、私が何のかの言って「町っ子」だからかなあ。

いじましく続いたりする。写真ももう1枚あるぞ。
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(飛騨高山 日下部民芸館の玄関)

 タイトルの句は松尾芭蕉。
 かっこよく言うなら、私が無類の出不精なのも、旅行なんか行くと、どーも癒しってより、「旅に病んで夢は枯野を駆けめぐり」とまではもうしませんが、脳の活動が珍しくも活性化して異様にハイパーアクティヴ・モードになっちまい、体力を無視する傾向があるからかもしれません。思考はトラック後十周ってなペースでかけめぐってますが(当人比)、その分、体にどっと来てます(藁)。
 わたくしの癒しは家庭にしかないようです。だもんで、モノ考えるには時には家を出た方がいいようです。

 も一つ
文字透けて風にそよぎし夏暖簾  桑垣信子

 ただし、透けているのは文字でなく紋ですが。

 つうことで、ともかく、I'm home at lastでございまして、レスもつけられない不調法なエントリに、みなさまカキコありがとありやんした。不承わたくし、戻ってまいりました。
 今晩、トランクの中身出して片づけて、明日より平常営業。
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古代律令制の時代からの「匠の国」だろうが。
なのに何故、パブリックスペースの個人トイレの鍵が閉まらんのだ。
なおもわたくしは移動中。
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世界文化遺産の元寒村を、蛇の目傘(日除け)担ぎ、日本語を話すのは同居人と肝心の世界遺産にお住まいの土産物屋のおばちゃんだけ、つう状況で徘徊してきた。
これだけ北京語と広東語を聞かされると、つい、多謝とか言いそうになる。ここはどこなんだ。本当に岐阜県か。福健省じゃないのか。
ううん、エントリー上げるだけしかできんが、みなさん、お元気でしょうか。わたくしはくたくたです。やはり、旅は身にあいません。
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