■市川崑監督が死去●そして巨匠も逝った。(web tonbori堂)
●木枯らし吹く日に、市川監督逝く。(映画の心理プロファイル)
今晩はポリスのレビューを書くつもりだったし、金沢の写真も仕込みもしたかったし、そいと、tonboriさんがせんに書いてらした
ロイ・シャイダーのことも書きたかった(
kiyotayokiさんも書いてらしたです)。
でも、さっき、このニュースを聞いて、全部吹っ飛んじった。
今は何か、まとまったものを書く気力はなくて、そりゃあ覚悟はしていたけれど、覚悟はとーっくにしてたけどね……。
ただ、私にとって、横溝シリーズの市川崑と呼ばれるのはちょっと忸怩たるものがある。つか、すこぉし、居心地が悪い(藁)。
ムロン、あれが悪い作品というわけではない(
2.14追記:そんで、あのシリーズが嫌いだって意味では決してナイ)。商業的な成功は、クリエイターにとって大切な勲章だものね。
けれど、なるほど市川は巨匠でありつつプログラム・ピクチャーもこなせるという、本来は当然、今となってはとても稀有な存在であったわけだけれど、横溝作品では、彼の作家性が、スキルとセンスに偏って発揮されていたと思う。前述した通り、プログラム・ピクチャーも結構撮ってる人なのだが、職人として仕事をこなしつつもちゃんとトータルで作家性を立たせているものも多いからだ。
というわけで、私にとってはやはり、
「雪之丞変化」の市川崑であり、
「炎上」の市川崑であり、
「股旅」の市川崑であり、
「東京オリンピック」の市川崑であり、何よりかにより、
「木枯し紋次郎」の市川崑(総監修で一部監督)で、
「細雪」の市川崑だった。
市川崑は、日本独特の陰影の美を余すところ無く表現しつつ、その手法は常に斬新でむしろコスモポリタンだった。紋次郎で壮絶にリアルな殺陣を作り上げながら、それをうっとりするほど美しく撮った。悲劇の中に喜劇を、喜劇の中に悲劇を見る、言葉通りの意味でのヒューマン・コメディ、「人間が生きているという喜劇」を撮った。つまり、最高にクラシックで最高にモダンな、エッジがたっていてめちゃくちゃクールで洒脱な監督だった。そして、あらゆることを、物語や人間を、台詞で解説するんじゃなくまず映像で、「画」で語ってみせた。
画づらが綺麗なだけの監督なぞいくらでもいるが、「画」で満腹にさせる監督なぞそういない。私にとって市川崑とは、そういう監督の一人だった。
私は、このイカシたじいちゃんと、じいちゃんが作る映画を(出来不出来はあっても)アイしてた。御大黒澤、前に書いた黒木と並んで、洋画一辺倒だった小娘に邦画の凄さを教えてくれた人、リバイバルの邦画を観るため、あちこち足を運ぶようにさせてくれた監督だった。
だから、今も、仕事をやっててどうにも辛い時など、私はよく「細雪」のDVDを引っ張り出す。そして、淀川長治先生をして「完璧」と言わしめた映画を堪能して至福の時を過ごした後、おもむろにパソコンに向かい直す。そして、巨匠の万分の一でもがんがって仕事しようとか思う。
ニュースでこの訃報を聞いた時、私はふと、13日未明なら雪が降っていたなと思った。少なくともうちの近所では降っていた。何にせよ、私は、彼がこの世を去るときに雪が降っていたならいいな、雪が降っていてほしいな、と思った。
御室の桜はまだ咲かず、金閣寺も燃やせないのなら(爆)、彼を送るには、やはり、雪です。
そいで、私は窓の外を眺める。外は暗くて何も見えない。雪もやんじゃった。
でも、多分、今の私は、「細雪」のエンディングで、降りしきる雪を見つめていた石坂浩二のような表情をしてるんだと思う。「あれが嫁にゆくんや」と呟いた、あの顔をしていると思う。
それでも、いっか。
これでやっと、市川さん、奥さんに会えるんだ。
●wikipedia
市川崑すいません。↓のエントリのレスは明日つけさせていただきます。ごめんなさい。