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 ありたけの木を眠らせて山に雪    山川雅舟


 先週末、当地も大雪でございました。調子こいて裏山に散歩に行ったらこのていたらくで、吹雪ですよ、センセ、ブリザートですよ、あなた。
 ここは八甲田山か、このまま遭難して来年の春発見されるかと思いましたわ。特に帰りがさあ、湿った枯葉の上にこんもり新雪で、足を滑らせたらそのまんま渓流にどぼんになりそうで。なんつうとこに住んでるんだ私は、と。(つて、京阪神の普通の住宅地ですよ、普通の。でも、何せT市だし)

 んで、今更何でございますが、賀状エントリにコメントくださって新年のご挨拶いただいた方のうち、レスできなかった方々、も、一月遅れてお返事するのも恥の上塗りでございますので、ここでまとめてお礼をば。
 samugeさん、JULIKAさん、PiuLentoさん、せんだって日記さん、wake1さん、umacoさん、まにゃーなさん、じゃがさん、ホントごめんなさい。コメントはありがたく読ませていただきましたが、またぞろ偏頭痛で寝たり起きたりしておりまして。「ストレスだわ」と言うと、君に何のストレスがあるとシーゴラスにつっこまれました。その通りでございます。それでもなんとか過ごしております。皆さまも、お風邪など召されておられねばよろしいのですが……。
 
 つか、この大雪に「すわ!」と勢い込んで、前々から企画があった「親孝行ツァー」でマミーと共に金沢行って来たんですがね。金沢じゃあ雪なんかかけらもなかったわよ。企画・随行員たるわたくしの「子供の面子」はどうなるのよ。それがさっき帰って来たら、京都じゃ雪がちらついてるじゃないのよ。なんなのよ、これ!
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 タイトルの句は森澄雄。んで、↓のエントリで上げた写真(携帯撮影)は、近江八幡の水郷めぐり。要するに川遊びなんかしちってたんですね、わたくし(わ、すげえ聞こえのいい表現)。
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 クリックしていただくと、800*600の画像が開きます。

 それがねえ(藁)、運がいいんだか悪いんだか混む時間の狭間だったか、その舟に乗ったのはわたくしとシーゴラスの二人きりでねえ。
 気のいい船頭のおじちゃんがガイドなんかしてくれるのも、正直、有り難くって迷惑ではあったが、そういうとこは抜群に気を使う夫婦だもんで、精力的に相槌を打ち続けた。まあ、モーターと水音で何言ってるか、ほとんどわかんなかったのはラッキーだった(爆)。
水は黄土色だったが、これについてまず船頭さんがまず何より最初に、ホントは綺麗なんだよ、でも、今、農繁期でしょ、そっちの水が来るんでこうなんだよ、ホントはもっと綺麗なんだよと一生懸命言ってはったんで、なんだか苦笑しちった。いいって、そういうこと気にしないって。だって、つまりそれって生きて動いてる水だってことじゃないのさ。芭蕉が舟で遊んだ時だって、五月雨と謳ってるから、こんな水だったかもしんないじゃん

 そうやってモーター音は聞こえても、水音ははっきり聞こえる。いつも思うんだが、水の音ってのは、驚くくらい人の神経を撫でてくれる。後、聞こえるのは葦の原の中に居る水鳥の鳴き声だけだ。卵を孵す時季なのか、休日で舟が行き交うせいか、姿はあまり見えない。ただ、鳴き声だけが葦の奥から聞こえてきた。

b0016567_19344289.jpg 曇り気味とはいえ結構暑かったのに、水の上の空気はひんやり冷たかった。湿った風で髪はくしゃくしゃになったけど、とても気持ちよかった。
 だから、私は機嫌のいい猫みたいな気分になって、ぼけーっと川や水路や葦を眺めていた。
 葦の向こうには水田が広がる。田植えが済んだ後の水を張った田んぼだ。水には春の曇った空が映る。
 豊葦原の瑞穂の国、という言葉が、すとん、と浮かんだ。
 その、「すとん」加減もまた、とっても心地よかった。

 んで、そんな言葉出しといて何だが(藁)、私淑する故網野善彦先生は、日本史における「民」=農業民ではないこと、要するに、歴史を「田畑耕すおヒャクショー」中心にばっか考えるってどうよと言われたお方である。日本人はコメ作ってたヒトばかりじゃないんだよと。
 だから、漁業民のことも、水上交通というもののこともつまびらかに書いておられる。あの方の学説については賛否両論ありますが、言えるのはともかく刺激的ってこと。
 たとえば、先生は、日本を含む東アジアの地図というのをひっくり返して見てみろ、と仰有っておられた。そうすると、あらステキ、日本というクニが、「海に閉ざされた島国」ではなく、アジアや南太平洋の諸島と「海で繋がった」一大文化圏の中の一地域に思えてくるでしょ。
 まったく違った形で、人やモノの繋がりが見えてくるでしょ。つまり、海もまた広大な大地であり、川もまた道である……ってなことなのね。

 こうして水の上に出ると、それがよくわかる。
 というか、ホント、ここもまた道だってはっきりわかっちゃうのだ、肌身で。
 そして、日本とはこういった「水の道」が隅々まで行き渡ってる国なんだ、と痛切に実感できる。

 何にせよ、川から眺めると、土地の様相は一変する。今まで見えていたものの中から、今まで見えなかったものが見えて来る。
 そして、風景はまるで違ったものになる。それはとてもオモシロイ。

 ……てなコーショーそなこと考えちって、かなり無理してねえかおめえ? という感もあるが、同時に、ここのどっかで舟留めてもらい、ビールなんか飲みながらライ・クーダー聴いてりゃ、それこそ鳥肌もん Chicken Skin Musicだよとも延々思ってたわ。畜生、缶なりとも買ってくりゃよかったよ、でも、ここで飲むのにエビスは重いな、やっぱキリンよね……。
 とかなんとか、私は日向の猫状態で物思いにふけり、船頭のおいちゃんはいなたくガイドを続け、それに「水の側にさえ居ればカンファタブル」なシーゴラス*1は一々振り向いて相槌を打ち続け、そして、舟は思うよりずっと早く水を切って進んでいった。

 やっぱ、ここはライ・クーダーだわ。彼のあの、撓う音からは土埃の匂いがして、その中ではいつも神様と悪魔があっけらかんと隠れんぼしてる、そういう音がはまるぞ。そう思いつつ、わたくしはOne day married, next day free,Broken hearts for you and me……なんて口ずさんでおったです。

 ただ、この水郷巡り、時間とルートという点では、すこし物足りない。さらにお金を積むor気のあった同行者を集めて@を低くする、で貸し切りにしてじっくり回れたら、もっとすげえよかったのになと思う。金持ちになったら考えよう。

 そうそう、飛び込み宿泊は失敗し、気息奄々数百キロを走って帰宅いたしました、夜中に。
 何、GWのせいではなく、無計画なわしらが悪いのだが、それは次回に。

*1彼の両親は瀬戸内の同じ小島出身で、海の民純血種の血筋である(恐らく先祖はアルバイトで水軍とか海賊とかしてたに違いない。フルタイムでやってた可能性もある)。んで、そっちの系統は全然DNAにない私とは、時に、生活感覚という点で劇的な違いがあったりする。それで喧嘩になったりもするが、なんかオモロイ。

「海と列島の中世」(網野善彦/講談社学芸文庫)
「街道をゆく〈24〉近江・奈良散歩」(司馬遼太郎/朝日文庫)
PRADISE AND LUNCH(Ry Cooder)
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クリックすると800*600で開きます。(画像には加工日付が入ってますが、撮ったのは去年の夏)

青蓮院
 例の熱のある身で出かけたときですよ。その庭の奥にある茶室前。

 夏の朝、あの庭をたった一人で眺められたってのは途方もない贅沢だった。
 だって、だーれも居なかったんだもん。
 私は座敷にべたんと座って、nanoでグールドの弾くパルティータやらスカルラッティやら聴きつつ、エヴィアン飲んで、小一時間もぼーっと青い庭だけ見ていた。そんとき、あの翡翠色の空間すべてが、私だけのものだった。あれはちょっと忘れられない。
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 ま、そいでこの写真はつまんないつうか、狙ったけれども外してるってので(爆)。

 ただね、実際、院内を歩いてる間は、そんな「静寂」でもなーんでもなくて、ほんと、
熊蝉の青蓮院を通り抜け       秋山百合子
 ってな感じでしたね(藁)。京都の夏ってのは、あの暑さといい湿気といい、緑の猛々しい勢いといい、眩暈がしそうに暴力的だもんなあ。だからこそ、蜃気楼のように見えて来る何か、というのが確実にあるんですがね。
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 お久しぶりでございます。仕事もやっておりましたが、同時に今頃、中古で買った「デビル・メイ・クライ3 スペシャルエディション」にはまっておりましたわたくしでございます。カプコンのリアル・タイム・アクションって概して難易度高いけど、これはまあ、そん中でもきつい。Normalで他のゲームのHardだよ。鬼か、あの会社は。
 んで、ただいま、粛々とダンテ・マスト・ダイなる激烈モードを侵攻中、撃沈しちゃあRest in peace(安らかに眠れ)画面を拝まされてるわけですが、んで、エントリはゲームとは何の関係もなく、遥か前に書いた京都篇の続き(爆)。 
 いや、umacoさんがさくさく上げてらっしゃるの見て、いいなあと思ってさ(コレとか)。

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河井寛次郎記念館 *クリックするとちと大きな画像(800*600)で開きます。
 陶芸家河井寛次郎の住居兼アトリエをそのまま残した記念館で、ここは二階の書斎だったかな。(画像の日付はホトペ加工日付、撮ったのは今年の一月末に行ったときね)。

 五条坂の方にあるんだけど、京都国立博物館からてくてく散歩がてら歩いてって、きっちり道に迷い、通りすがりの老紳士に訊いた。コンビニ帰りらしく、ビニール袋下げてらしたけど、毛玉の出たカシミアのセーターという、年季が入って品のいい方だった。
 んだが、「決断力のある方向音痴」たるわたくしは、明るく教えられた曲がり角をミスった。すると、先の老紳士が慌てて追っかけて来て(心配してこっそり後ろから見てらしたようだ)ため息をつかれ、「そうどすなあ。よそから来やはったお人は、なかなかよう見つけはらしませんし。ついておいない」
 かくしてすぐ近くまでアテンドしてくれた。いいシトであった。

 白状すれば河井さんの陶芸作品はそんなに好みじゃないんだ。もし仮に上げるって言われてもどうしようかなってとこで(爆)。でも、家使ってるって聞いて前から行きたかったのよ。民家マニアとしちゃ。んで、感想は、

「この家に住みたい!」

 と、しばし地団駄を踏んだ。オトナとしての強い自制心がなければ、床に転がってじたばただだをこねていたところだ。(シーゴラス曰く、「オトナはそんなことしようとさえ思わない」)
 古い民家のレトロモダン展開たあ、私の弱いミーハーな脇腹を抉り込むぜ。例の「新建築」に載るような、作り手の美意識が暴走して「どうやって住むんじゃここに」と手鼻かんだる的おたれさは微塵もなく、「ビフォア&アフター」的ぬるいクリエイター気取りも無く、住んでる人が創り上げた美的空間ってんですか。お見事の一言。
 きっちり生活の匂いがしつつも品があり、隅から隅までぴんと張りつつもなおかつ寛げる佇まい。相当、高難度な家です、私にとっては。これも、住んでた人が「達人」だったからよねえ。まあさ、さりげに置いてるもんもアフタヌーンティやダブルディで買えるもんじゃないしねえ(爆)。ああ、金が欲しい。あんな家が欲しい(涙)。

 ここは記帳さえすれば、幾らでも写真撮ってよくて、平日で人が居ないのをいいことに、あちこちで、床に這い蹲らんばかりにして「小津風のローアングル」やってた(爆)。一眼レフでもないお手頃価格のデジカメ持って床を這うおばちゃん、傍目にはバカよ、バカ。
(ところで、製作アトリエの方には、「ご自由におとりください」と画廊のカタログがおいてあり、私は小磯良平の小説挿絵展のカタログをせしめた)

amazon
河合寛次郎の宇宙(この家の写真も載ってます)

京都関連過去ログ
京都はあざとくて下品でエネルギッシュだ。だから、今なお、LIVEな街だ。
東山からこんにちわ うちから往復1000円で行ける世界遺産
青蓮院どす。
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クリックすると少しは大きくなります。

このエントリは去年の初夏、38度の熱を押して行ったときに書いて上げそびれた分を、リライトしました。この際、京都について不定期に書いてみようかなあと思い、#1つうことに。なお、写真も、今回のと前のをごっちゃに出してます

 阪神圏住民にとって京都という場所は、産着にくるまれての宮参りに始まり花見だ紅葉だ雪見だという家族の行楽&遠足で、普通、小学校を出るまでには既に一渡り(宇治・嵯峨野・嵐山まで含む)行き尽くしている土地だ。
 そいで十分飽きた結、次に思春期が真っ盛りになる頃から、今度は文学的・歴史的浪漫イメージによるルネサンス現象が起こる。んでもって、雅やら歴史やら日本やらを探しに行ったり、あるいはそれを名目に男とどうこうを目論んだり……と、古都で青春浪漫したりしたわけだ。
 そんな風に人生の初期の暇な時期に行きまくった土地だもんで、とても「今更」感がある。

 まあ、これで私が暇持て余して小銭がある専業主婦なら、「今ひとたびの京都、亭主の金で贅沢するの」ツァーにはまったりするんだろうけどさ。生憎と、そこまで暇でもなく金もナイしさ。
 だから、同じ近場の世界遺産でも、行くんなら奈良なんだ。だって、あっちには「古寂た」「神寂た」風情ってのが佃煮にしたいくらいあるし、何より、京都ほどには人が居らんし、住民の方にはまことに申し訳ないが、車でも行きやすい(爆)。

 んでもって、何年も何年も行かなかった。それが去年から、何度か行った。
 そいでいろいろと考えたことを書いたんだけど、もしかすっと悪口に思われるかもしんない。だから、最初に断っておくけど、地元の人、京都ラバーの方、お気に障ったらゴメン。
 でも、「応仁の乱以来の住人」ヨーコは深く肯いてくれたよ。

 ↓これから本文、異様に長い(爆)。

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東北森林管理局公式サイト

最終回なんで、なにげに、「今年のわたくしの貧しい夏休み」過去エントリ参照など
半径「調べてみたら750キロ前後」の散策 山形予告編 トトロの木
わけいってもわけいっても青い山  半径750キロの散策:山形#1 羽黒山・湯殿山
朝湯こんこんあふれるまんなかのわたくし  半径750キロの散策:山形#2 銀山温泉
耕して天に至る 半径750キロの散策:山形#3 四カ村の棚田

 いや、実は消化ネタ抱えてるんだけど、このクソ暑さじゃん。まあみなさん、しつこい旅行話でなんだけど、目でお涼みくださいてことで。
 ↓ツヅク

More ま、ここ押したってください。
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クリックするとちょい大きな画像が開きます。

村の公式HP

 四ヶ村(しかむら)ってのは、豊牧、沼の台、滝の沢、平林の四つの集落を総称する呼び名で(実際には大蔵村ってことになるようだ)、世帯数約100戸、人口約500人の山間の小さな集落に、総面積12.5万平方メートルの棚田が広がってるそうですわ。
 無論、「日本の棚田百選」にも入ってる。

 これは勢いで行った。二日目は、最上川を下る筈が、雨で増水して危ないかもってんで(実際は舟は出てた。私の馬鹿やろ)、巨木めぐりにコースを変え、そんとき、思いついて行くかって話になったんだけど……その難渋についてはもはや言うまい。ナビはとっても「県道に弱い」。
 ちなみに、ここで20キロぶりのよろず屋で道を聞いたシーゴラスは、じいちゃんとおっちゃんのおよそコアな山形弁の世間話に巻き込まれ、15分も和気藹々と(そう見えた)喋りこんでいた。彼が車に帰ってから、何話してたの?と訊くと、道の説明はわかったけど、後の一般的会話の方は、不明瞭な発音で早口で話されると、イントネーションがまるで違う分、意味が取りづらく、仕方ないんで、精一杯の笑顔で好意を示して肯いてたそうだ。曰く、「日本は広い」

 んでね、ここはほんとに、ステキだったよ。
 つうことで ↓ツヅク

More 先を読んでくれるっつう人はクリックしておくれ
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↑羽黒山参道の杉木立。クリックすると大きな画像が開きます。

 冒頭の句は、山頭火。
 そいで、レスとか遅れてごめんなさい。帰るなり、手ぐすねひいて待ってたKさんとメールの往復してまして(爆)。いえ、文句じゃないのよ、Kさん。仕事があるって何て嬉しいことかしら、とまだドラエモンのまんまの足を見ながら思ってますがな、ええ、心から。
 つうことで、明日こそ、ネットご近所訪問! ううむ、旅は楽しかったが、その点じゃ寂しかったよ。

 さて、本編。(↓ツヅク)

More つうことでここクリックね。
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 さっき、帰って来ました。大吟醸生酒を餌に、ダディに迎えに来させて昼飯奢らせました。

 今まで、ずーっとずーっと見渡す限りの田んぼか、ずーっとずーっと見渡す限りの山と森しか見て来なかったので、建物がぎしぎし一杯なのが変な感じです。
 この4日間の間に見た以上の数の人間を、空港に降りて小一時間の間に見ちまいました。

 そいで、帰って家のパソくんでアップした記事チェックしたら、トトロの木(小杉の大杉)があまりにひどいんで、それだけ先に訂正版上げておこうっと。ちなみにこれは一本の木(天然記念物な)。
 一つだけ言うなら、先にクリームパン買ったたことを冗談めかして書いたけど、これだけの木があって、その周囲に何もない。屋台も売店も何もないのな。自販機も無い。
 最低最悪の家族連れが去った後は、蝉の声と蛙の声、葉ざやの音しか聞こえなかった。通りすがりの観光客にしてみれば、これ以上の贅沢は無かったよ。

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 つうことで、風呂入ってドラエモンの足(むくむとそうなる)を揉んで、仕事のメールの返事打って、一寝入りするだよ。↓のレスは明日つけます♪ 
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 梅田の此処で。
 結構、よかったんだけど、その分、ケチつけたいこともいろいろ(藁)。
 とあれ、山西惇さん、生で観たの何年ぶりだあ。マジでそとばこまち以来かあ?
 そとばこまちと言えば、芝居がはねた後、ロビーで帰る客に挨拶してた生瀬勝久さん(当時は槍魔栗三助ではなかったか。座長や演出家はロビーで立って挨拶するのが恒例だったの、終演後)に連れが酷評ふっかけて、生瀬さんがすげえ嫌な顔してた記憶が(爆)。後、どうなったかは覚えてナイ。
 あの頃は、それから安い飲み屋行って終電ぎりぎりまで、一緒に観に行った連中と議論してたんだよね。
 今では、シーゴラスとジャスバーなんかでさらっと呑んで帰るの。年食ったなあー。


7.5追記:
観たのはこれなんですがね→ダンダンブエノ「砦」
(おっての注:この写真の通り出て来るもんだと覚悟してたら、実際は鬘も被らず、もっと普通でした。それには些かほっとした)

 も、東京乾電池とか東京サンシャインボーイズとかつかこうへい劇団とかそとばこまちとか、80年代小劇団時代が走馬燈のような面子。何せ、こっちもお若い時を存じあげている役者さんのコラボでして(爆)、売り文句が
「若さゆえ、誰もが抱えていた悩み、不安、希望、カタチにできない思いを、
トウの立った?俳優が熱く演じる青春グラフティ!」
ってとこでね。それはよく出てたと思うんだ。役者揃えたいい芝居だった。

 問題は、「この夏、バンドを作る」ということがテーマでありながら、音楽的に弾けなかったってことかなあ。つか、どうも選曲のテーマが曖昧だった。70年代と80年代ごっちゃ混ぜはいいんだけど、それを貫く選曲の個性が見えない。つまり、洋楽ファンとしての嗜好性が見えなかった。
 それは「洋楽ファンでない」観客に対する配慮かもしんないけどさ。洋楽のファンとしてはツボ踏んでもらえなくて寂しい(爆)。
 まあ、かつてのつかや鴻上尚史の「使ってる音楽が弾けて、その一瞬、舞台が爆発する」とこを、どっかで期待してた私もイケナイんだが。そういう芝居じゃないしな。というか、あれは80年代後半~90年代前半にかけての舞台の傾向だったのかなあと、ふと。

 個人的には、登場人物(酒井)の思わせ~な登場場面で、LAYLAかかってたとこがツボ直撃。
 それと最後に、役者全員で演った歌(テナーサックスとリコーダーとアコギとコンガ。リコーダーは私の方がうまい。ただ、この芝居のためにみんな覚えたそうで、それを思えばがんばってるわ)がボ・ガンボスだったのには、さすがに涙が出た。

 後、40代俳優が「敢えて」20代の役をする、という設定に関して、シーゴラスと意見が割れまして、気がついたのは、「内なる少年少女性」というのについては異性に対しての方が甘いのね。
 甘いというかセンサーが敏感。つまり、私は男優さんならその「少年ぽさ」にすぐ反応するし、シーゴラスは女優さんの方ならすぐ反応すると。
 それと、後になって、自分たちの「お若いとき」を知ってる客にこそ見せる、というのがこの40代で(一人は50と思われ)20を演る、ということの意味がある気がしてきたのね。その「振り返る」という行為を、役者が体でやってみせることで、客もまた頭でそれを追体験すると。

 そいで、「20代」に一番スムーズに溶け込んでたのが、酒井敏也と永島敏行でして、永島は非常に子供っぽい、というか「男の子の仕草」を体でみせていて感心した。けど、パンフ読むとあれが地らしい(爆)。酒井は外見からは信じられないくらい、「20の男の子」だったしさ。
 後、主演の近藤芳正、ともかくうまかったわ。ただし、最初っから最後までオッサンにしか見えないのが、彼だったけど。しかし、彼の場合、若いときから若さで売ったことがあったとも思えんしな(爆)。それを思うと正しい「再現」かもしれぬ。

 久しぶりに「確実な演技力」がユニットとして適性に働いている、という芝居を観て(板の芝居というと絶叫したがる癖のある馬鹿は居なかったしな。大竹しのぶ、お前のことだ)、その点ではとても心地よかった。
 結構おもろかったし、近藤がともかくうまかったんで、来年も観たいなあ。来年のゲストは坂東三津五郎だし。

 そう言えば、シーゴラスと飲んでて話題になったのも、池田成志は今、何をしてるんだ?だった。去年だったか一昨年だったかの、生瀬と古田とで組んだ芝居、観ておけばよかったよー。今、無性にナルちゃんの芝居が観たいぞ~、板で。
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