理不尽なまでの愛情――矢野顕子「きょうのわたくし」



 前に書いたけど、このブログの名前はこの歌からとりました。
 で、CDがどこ行ったかわかんないよーっ。21世紀の大掃除で全部整理したはいいが、どれをどこにしまったか、わかんねえよっ! おかげで歌詞を聴き取る羽目になった。これって糸井重里の歌詞みたいな気もするけど、検証不能。「きょうのわたくし 歌詞」でググろうとして、「歌詞」を入れ忘れたら、己のブログが出てくるし(爆)。んで、やり直したら、「今日まで私は生きてきました」が出てくるし。ユキヒロも見つからないから、ベストで聴いてるんだよ、今は。
 
 ツヅク 



 
 ●ブログを再開します(山崎洋一郎 日々ロック通信)
 だが、何の理由もなく理不尽に災害に襲われた人々にとって、これから先長い間必要になるのは、その「理不尽な不幸」から受けた傷を癒す「理不尽な愛情」だと思う。そして音楽は、「理不尽な愛情」、つまり理由なき愛を届けるのにもっともふさわしいものだ。音楽は、届く相手が誰であろうと、どこにいようと、その人に伝えるための理由があろうとなかろうと、状況のまったく違う海外の音楽であろうと何十年前の音楽であろうと、その音楽を作った人の愛、気持ちを届けることができる。そして、届いた人の気持ちと通じ合うことができる。届けようとした人と、届いた人を、一つの同じ気持ちで包み込むことができる。理由などなく、全く理不尽に。音楽にはそれができる。
 つか、山崎、まずは改行しろ。書いてる内容はステキなのに、読みにくいだろうがw。
 というのは冗談で。いや、冗談じゃないんですけどw。
 この「理不尽な愛情」(「理由もなく、無差別に包み込む愛情」)という点でいうと、矢野顕子はこの国の代表格ではないかと思う。
 彼女の最高傑作「ごはんができたよ」が、そういう歌だったもん。理由もなく、相手も見ず、ただただ圧倒的に遍く注がれる愛を歌ってたもんな。
 まあ、坂本龍一と別れた後ってのは、ちょっと雰囲気変わりまして、天才の方がまた前に大きく出てますが。
 
 じゃあ、なんでそれをブログタイトルにしなかったかといえば、あ、そうだよねえ。そっちの方がよかったかもねえと今更思ったw。「ごはんができたよ」、いいなあ。
 でも、お料理ブログと思われそうだしなあ。私、きっぱり料理作れないしな。三日で閉めてたな。
 
 この歌を選んだのは、この終わりが好きだからなんですね。
薄暗い朝に そっとすべり出す
まだ誰も起きてこない
ご飯も食べたし あたらしい靴下だし
きょうのわたしには きれいなしっぽがある 
 なんか、ラスト二行がすごく、気分、なんだ、私にとって。ああもうすごく、「それ、わかるーーーーーーっ!!!!!!!」って叫んで、そこら中走り回りたい感じ。
 わたくしの機嫌のいいときってのは、そういう感じですもんで。ふらふらお散歩したくなるときなんか、ホント、そういう気分で生きているんで。

 昔、クリスマスの前だったか、シーゴラスに何が欲しい? と訊かれ、脊髄反射で「しっぽ」と答えたことがある。本気か? と厳粛に聞き返され、わりに、と答えた。
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by acoyo | 2011-04-03 00:00 | 歌のチカラ(含訳詞) | Trackback | Comments(2)
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Commented by tonbori-dr at 2011-04-03 00:11
アッコさんは(自分にとってアッコと書くときはあのゴッドねえちゃんでは決して無い。)ガチで天才ですもんね。
いやもうお手上げ、降参というしかない人でありまする。
しかししっぽですか。まあ角よかいいですよねw
Commented by acoyo at 2011-04-04 00:18
★tonboriさん
わたしにとってもアッコさんはあのアッコさんですね。日本で天才と言える数少ないミュージシャンだと思う。
坂本龍一も一緒にいた頃は、相当プレッシャー感じてたそうですしw。