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「機動戦士Zガンダム 星を継ぐ者」 冨野マジックは健在だが……。GUNDAM ON SUNDAY#31

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キット:BANDAI MG1/100スケール MSN-00100百式
キット製作:同居人 撮影・画像加工:わたくし

 かなり期待せずに観に行ったのだが、最初にはっきり言うと、結構よかった。
 よかったのだが、ではこれが「映画」として勝負できるのかというと、そんなことはまったくなく(大藁)、ファーストガンダム、Zを観ていない人、今まで興味が無かった人にも楽しめるかと言うと、これはもう無理だわと思われ。
 ま、そんなこと最初からわかっていたことだけど。

 つうことで、今回のエントリはネタばれの上に長く(大藁)、ガンダム、Zガンダムの知識を多少必要とします。それをご了承の上、↓の「ツヅク」をクリック願います。



 冨野マジック、といういい方がある。冨野(機動戦士ガンダム、Zガンダム総監督)がTV版の長大なフィルムを映画の尺に押し込む時に見せる、卓越した編集技術だ。
 私はファーストは最初に映画で観て、後でTVの再放送で見、キャラクターがずいぶん違って思えるのに驚いた(特に映画版のアムロとTV版のアムロ)。そして、残すべき場面を残し、週一のペースで見ていないと余り意味の無いカット、つまり落とすべきカットをきちんと落としているのに舌を巻いた。(伊達に時間に追われながら、ありもののフィルム編集してきたわけじゃないという、TV上がりならではのセンスですね) 
 そして、数話分の飛んでいるエピソードをひとまとめにし、まったく違ったエピソードにするという、実はとても難しいことをさらりとこなしていて、このあたり、編集ど下手なコッポラなど是非見習って欲しい。

 今回のZでもその冨野マジックは健在だった。とりわけ、Zは話の進行にもたつく場面が多く、それは、舞台になるグリプス戦役が先の一年戦争より複雑な状況であること以上に、キャラが小理屈垂れたり逆ギレしたりする場面(特にカミーユの思春期ヒステリー)に時間を裂きすぎたせいではないかと思うのだが、映画ではそのへんが見事に切られ、すっきりとテンポよく進むのでだれない。
 特に冒頭のエウーゴのグリーンノア潜入~カミーユのMK2強奪~カミーユ逃げる~両親が人質に~エマ登場~母の死~カミーユぶち切れ~父の死、までほぼワン・エピソード扱いで走るので、さすがの思春期少年も一々騒ぐ暇がなかった。おまけに、立て続けの戦闘場面の中であれよあれよと言う間に、カミーユのとうちゃんと一緒に赤リック・ディアスまで吹っ飛んでしまう。赤ディアスが冒頭から飛ばすだけにちょっと残念だが、その分、序盤終了と同時に百式登場となるわけで、とても間がいい。
 また、この一連のエピソードが塊で走るせいで、一介の高校生のカミーユがアーガマのパイロットに「なってしまう」こと、ティターンズへの激しすぎる怒りにも無理がない。
 何より、このどたばたの中でティターンズとエウーゴがなし崩し的に本格的戦闘に突入してしまうところは、正直、「うまい」と思った。

 当然、エピソードだけでなく、ファーストの映画版以上に台詞はいじっている。
 私は前述した通り、ファーストは後追いで見たが、実はZはビデオと再放送で二度ほど通しで見ている。それとスパロボなどで採用されるストーリーにはファーストよりZが多く、さほど思い入れはないわりに、肝心な場面は結構頭に入っている。その記憶と照合しても、かなり違う。
 つまり、TV版で変に心理描写にこった分、くだくだ心情を話されれば話されるほど鬱陶しかったキャラたちだが、映画では、事件→心境の変化→行動という反映の流れに無駄が無く、納得できるものになっている。少なくとも私はそう思った。

 特に、今回、やたら言われていたのは「カミーユがいい子になった」ということで、これは確かにそうだった。というか、これは台詞の変更や声優の録り直し以上に、何かと不平不満垂れるわ逆切れするわのガキであったカミーユの、そーゆー場面がきれーにカットされてしまっているので、結果的に、一生懸命働いてるとこだけ残り、そりゃいい子に見える(藁)。
(これは映画版で、日常描写が減った分、引きこもり性格が強調されていたアムロが、TV版だと「実はまっとうに悩んで成長してたんだ、こいつも」であることの逆転現象と言える)
 特にまったく変わったのが、両親を「一気に」(繰り返すが、ここの「一気感」の強調がいい)失った後、TV版では切れて騒いでたカミーユが、映画ではぐったりと呆然自失になっていて、言葉も少ない。歳を考えればこの方が自然。そいで、TV版では、そこで「シャア・アズナブルという人が」とクワトロ(=シャア)が持ち出す。そんときも、私は観ていて、何を言い出すのかと思った。
 しかし、映画ではエマがシャア・アズナブルのことを話題に出す。だもんで、会話としても自然で、説明台詞の唐突感が薄まった。(おまけに、TVでは肯定的な評価をしていたカミーユには「バカな人ですよ」と言い切られ、エマにはロマンチックな人よねとまで言われる。聞いているクワトロ、お前、顔じゃ笑ってるけど内心ムカ入ってるだろ、絶対と思った)

 けれど、一つだけひっかかったのがエンディング。
 アムロとシャアの再会で終わるわけだが、ここで、TV版では、アッシマーに狙われたアウドムラを救うため、アムロが小型機で突っ込んで来る。それと百式ですれ違ったクワトロが、思わず「何をする気だ、アムロ」と無意識に口走り、アムロがまた無意識に「下がってろ、シャア!」と口走る。無論、これはニュータイプの交感作用(一応、シャアだってNTだぞ)でお互いがとっさに反応してしまったということなので、その時、意識上で、それぞれアムロだ、シャアだとはっきり認識はしてたわけじゃない。
 ところが、映画版では、クワトロの「何をする気だ、アムロ」に対して、アムロが「アウドムラを」云々かんぬんと問に答え、何をする気か説明している。これでは、一瞬のすれ違い~直観~口走ってしまったお互い、というたたみ掛けるようなテンポが下がり、インパクトがなくなる。
 その後、カミーユに救出されMK2の掌に居るアムロと、百式のコックピットを開けたクワトロが無言で見つめ合うという、まあ言わば名場面*1になるのだが、ここでも、今回は、アムロに「シャア!」と叫ばせる。ここで、カミーユがクワトロ=シャアを確認するためのだめ押しだろう*2
 だが、ここでアムロに叫ばせてしまうと、一年戦争の敵と敵が奇しくも巡り会った、という感慨にその大声が返って水をさす。秘すれば花と言うように、ここはTV版の通り、お互いに口の中で「アムロ?」「シャア?」と呟いて、黙って見つめ合っている方が華のある絵だったと思う。映画のラストシーンであるだけに、そこは残念。

 アクション場面について何も言わないのは、まったく文句がないから(藁)。
 前にも書いたが、ガンダムを撮らせたら、やはりまだ冨野の右に出る人間は居ないのだということを、改めて確認できた。
 かなり絵を直しては居るが、TVサイズを映画画面に移して大丈夫か?という懸念は、完全に杞憂だったと思う。スピード感、重量感、圧倒感、フレーミング、テンポ、今の一線級のロボットアニメと比べて遜色がないどころか、俄然、上を行く。アクエリオンよりはずっと凄い。また同居人は、「当時の絵(Zの絵は無駄に線を増やした分、粗いところが多い)では実現できなかった演出上の狙いがとてもよくわかった」と言っていた。

 ガンダムがお好きな方ならば、映画館で見ろとは言わないが、レンタルに出たら、是非ご覧になればいいと思う。私はキャプランがこんなにかっこいいMAだとは思わなかった。あの変形の描写は、マクロス並の速さでかっこよかったぞ。

 と、概ね好印象、なのだが、最初に書いたように、結局、この映画はガノタのためのOVAであって、それ以上でもそれ以下でもない。これだけ新しい書き込みを入れれば、何をどうしようが古い絵はやはり見劣りする(特に戦闘場面以外の部分)。
 だったら、いっそ、元のTV版の絵コンテを使い、まったく新しく書き直した作品にした方がよかったのではないかと思う。どうせもう20年近くなって作るのだから、後、一、二年伸びてもかまわないのではないか。そうすれば、まだ、一般流通しやすかったかなあと思うのだ。
 原理主義者と言われようが、少なくとも、「種」がガンダムと思われるのは私は嫌なわけで(これはどこまでもクォリティの問題)、そのためにも今の絵で本家冨野、「Z」決定版というのがあればなあと、見果てぬ夢を見てしまうのだ。Gacktの歌(ここ、まったく聞いてませんでしたw)を使うことよりも、そっちに金も時間もかけて欲しかったなあというのが、本音なんですよね。

 後、声の撮り直しについては、パプテマス・シロッコさまのお声が老けて、なんだか、あの大好きなうわっちゃれえさが無くなり、残念。ブライトさんはなんでだか堂々とした台詞回しで、ちょっと違和感。波瀾万丈かと思ったわ。クワトロ、冒頭、やたら低い重厚な声出してるが、27だろ。しかし、アムロの声ってかわんねえな、ガキのときも大人になっても。
 カツは出番少ないですが、変わりません。相変わらず、不細工な顔でえらそうな物言いなんで、出て来た瞬間、拳で殴りたくなります。

*1 ここのTV版絵コンテは「ジャイアント・ロボ」の今川泰宏が切っている。今回、絵は描き直されたが、コンテはそのままだ。
*2 そこも気になっていたことで、TV版で、エウーゴのメンバーがクワトロ=シャアと薄々感じていたこと、カミーユもそれを薄々感づくことのあたりはさらりと流していたのだし、その方がよかったと思う。どうせガノタしか見ない映画だってのに、どうも説明調になりすぎるのだ。

公開当時のエントリですが、
Zガンダム劇場版見ました(鳴尾浜小町)


ちなみに、これは近日中に加筆して、HPに上げ直します。
by acoyo | 2005-08-28 20:38 | Gundam | Trackback | Comments(6)
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Commented by tonbori-dr at 2005-08-29 00:17
DVDレンタル出たら確認してみます。
新作カットとの整合性は難しいのは最初から公式サイトで観たときに難しいやろとは思っていましたけどね。
あと全部新作画リメイクはねー確かにそう思うんだけどなんででしょうかね?
まあ厳しいというのは良く解るんですけども(御大の構成力やその他ダメ出しを考えると注文が天井知らずになってエコロジーじいさんのより酷薄な現場になると思われ)
Commented by gun_gun_G at 2005-08-29 00:28
以前、かくれハイザックのセミスクラッチ失敗の話をしましたが、
その足を作るためだけに百式を買った大馬鹿なGです。
百式ファンには怒られるなあ、こりゃ。
劇場Zは大体のニュアンスは映画観た友人も言ってたので、
是非観たいと思っています。
Commented by forest-sea at 2005-08-29 17:38
レンタルで新作を脱して、都合よく観たいやつが貸し出し中だったら、観てみます。当方ガノタまでは症状が進んでいないようです(笑。
Commented by belltone at 2005-08-30 01:40
Z=カミーユの思春期ヒステリー、だと感じていた感がある(当時自分が思ヒスを患っていた事もあり)僕はカミーユのヒスがカットされてるのも微妙に残念だったりして…。でもやっぱガンダムのメインはシャアさんですな、それにしても当時27だったのか…。
Commented by samuge-nikukyu at 2005-08-30 22:51
エンディング、見せ場だったはずなのにカツに目が釘付けでアムロもシャアもロクに見れてませんでした・・・カツめえっ!!
嫌いなんだけど見ちゃうんですよね・・・。
Commented by acoyo at 2005-08-31 21:31
★tonbori-drさん
結局ね、「Z」TV版はいろいろ不満が残るからだと思うんですよ。宇宙世紀+アムシャアという定番でありながら。でも、確かに御大で一からになると壮絶になりそうだ。今度は庵野もいないしね。

★gun_gun_Gさん
いえ、百式ファンは怒りません(藁)。ご覧になったら、また感想を教えてください。

★forest-seaさん
無理にとは頼んでませんぞよ(藁)。

★belltoneさん
世代的に重なると、あのヒスはポイント大きいみたいですね。うちの義弟も不満かもしれん。そうなのよ、当時まだ27歳。なのにエラソー。

★samuge-nikukyuさん
カツなあ(爆藁)。あいつの存在自体カットして欲しいなあと。あいつが出張って来る次の映画は、映画館に行かないかもなあと(藁)。大画面でまであの顔見るのイヤ。