<   2005年 09月 ( 15 )   > この月の画像一覧

b0016567_17343049.gif

 いえ、社会の構造的問題について無い頭を絞ってるのではなく、単に物理的な偏頭痛。先週末からずっと。だもんで、全然、病気ってわけじゃないので、お見舞いなんかいいっす(藁)。
(画像は絵師echoさんによる「へばってるぞ、わたくし」篇。他にも「浮かれてるぞ、わたくし」篇とか「いい気だぞ、わたくし」篇、「かわゆぶるなよ、わたくし」篇など多数がめている)
[PR]
<米ハリケーン>政府の対応遅れ 海外メディアも驚き、批判
 これは観てれば誰でもそう思うだろう。あのアメリカが?と。
 世界に向かって「パクス・アメリカーナ」(アメリカによる平和)を誇示し、お節介な武力介入で黙らせて築き上げて来た「大国の威信」ってのは、脆いもんだね。
 伝家の宝刀FEMAも、予想以上の事態だと手の出しようがなかったのね。大統領の抱えるシンクタンクとやらは、国際外交戦略を考えることはできても、こういう状況には何の打開策も考えられないのだね。現場を遠く離れ、ずっと人間を数字でだけ見てきたからだろうね。
 それを思うと、阪神大震災のときも、新潟地震のときも、日本人の踏ん張りってのは、見事だったなあと思う。規模の違い、風土の違いは考慮に入れなければいけないとはいえ、前者はまさに当事者が、市民たちと現場が踏ん張ったし、後者の時は、市民は無論、それなりに政府もがんばったと思う(勿論、被災者の人にはまだまだ不満も怒りもおありでしょうが)。
 日本人って、まだ捨てたものじゃないと思った。少なくとも、夏のアスファルトの照り返しの上に被災者を何日も放ったままにしたりはしなかった。テントが無理ならせめて日除けくらいつけようとしていた。

米ラップ歌手、ハリケーン対応めぐり生放送で大統領を批判
 これは早晩起こると思っていたし、かなり長くくすぶると思う。よしんば政府やメディアに何の意図もないにせよ、見せられる映像からは、そういう感想が誘発されてしまいかねない。
 略奪者は問答無用で射殺、という命令が出たと聞いた時は、現地の状況がそこまで切迫したものなのはわかっても、ちょっと背筋に寒いものがきた。しかも、そして射殺される人が出たとして(既に出てるんだろうけどさ)、その何割が黒人かと考えれば……そりゃ黙っていないだろう。 
 これから、どれだけデマが飛び交うかと考えると、ぞっとする。ただ、そういったこともすべて、あくまでも私の「感想」だ。基本的に、日本に居る私たちが気安くどうこう言える問題じゃないと思う。

んで、我がニッポンの報道について、JNNのことは以下

ツヅク(長いですわ)
[PR]
【TB企画】○○な5曲

 毎度おもろいTB企画を上げてくれるまにゃーなさんとっからのTB。
 既に本家nonkey37さんbelltoneさんとかが上げてはるとこへ、些かマヌケだけど、うちも出しちゃう。
(テンプレは最後に出てます)

 んで、このTBはお題を考えるのがミソでして、私のは、タイトルの通り。
 つまりね、ERで言えば、「グリーン先生、細動です!」「エピネフリン(アドレナリンのことな)、○グラム! 助細動器250でチャージ!」と叫ぶ状態、『パルプフィクション』でそのエピ(映画ではアドレナリン)の注射を心臓にぶっ刺すとこまで追い込まれてる状況、そういうリーチもリーチ、大リーチの時の心を励ましてくれる歌~。
夏休み最後の一日、ドリルも自由学習も日記も真っ白なあの頃から、なんて進歩がないのこの人生、ああ電話が怖いメールが怖い、どうなってもいいのよ、この仕事、終わればいいのよ、出来なんていいのよ」的状況で、無い元気を振り絞るときのBGMつうことで。後悔している余裕さえなく、ただ目の前の状況を乗り切るためにがんがん流す歌。
 そんな修羅場に趣味のいい歌とか考えさせてくれる歌とかは、もちろんだめに決まっておる。流行歌がいいの。脳天気な歌か、無意味にただただ前のめりに、バンジージャンプさせてくれる歌に限るの。サビなんて意味も考えず一緒に歌える方がいいの。そーゆー5曲。
(なお、アルバムについては、オリジナルよりも編集ものの方が何かと便利なときは、そっちを載せてます)

んで、その5曲とは(ツヅクをクリック)

ツヅク
[PR]
ロゴ変わりました~。
いつも通り、nikonikomikkiさんが描いてくれたんですが(初のプロフィール、スイスの名医が手を入れた後みたいなもん)、今回は1周年記念コインだそうです。誰か鋳造してくれないだろうか。
んでも、髪型変わってるんだ~、わたくし(藁)。切っちゃったんだよ~。
[PR]
ハリケーン数千人死亡か 米史上最悪規模の災害
b0016567_14155164.gif

 昨日からずっとCNNは特番体制だ。んで、私も「うげええええ」と呻きつつ、観ている。うちのマミーじゃないけど、世界のたががどっかで外れた感が強い。
 さっき(9.1 13:30)、ニューオーリオンズに取り残され、スーパードームに逃げ込んでいた人々(観光客はともかく、「車を持たない市民」ってとこで、どういう層かは推して知るべし)を、テキサス州ヒューストンのアストロ・ドームに移すという作業が始まり、第一陣が着いたようだ。専門家筋は移送にどれだけかかるかわからないと言い、この水が全て引くまでに半年かかるという予想も出ている。

 んで、その報道の中で、私が個人的にとても印象的だったのは、CNNのキャスターが、「アメリカの国民を指して、これだけrefugee(避難民、難民)という言葉を連発するのは、どうも変な気分だ、まさかこんなことがあるとは思わなかった」みたいなことを言っていたこと。

 この言葉は第三者には傲慢に響くだろう。けっ、アメリカ人はよおとか、世界を見ろ、バカとか。
 だけど、あの大震災を経験した私には、実感としてよくわかった。

 あの時、欧米の報道で、被災者はrefugeeと呼ばれていた。refugeeには被災者、避難民の意味もあるが、私の感覚では「難民」のイメージの方が強い。私が知っている歌の歌詞で出て来る場合が、概ねそんな意味合いだったからかもしれない(CNNの同時通訳も、refugee=難民で通していた)。
 実際、うちは家こそ無事だったけど、あらゆるライフラインが止まり、移動さえ思うに任せぬ町で、私たちはその通り難民だったのだから、当然の呼び名だったろう。
 けれど、そうして自分たちがrefugeeで、国際赤十字など海外の支援と同情(sympathy *1)をもらう立場にある、というのは、とても嬉しい反面(何せ、県や市はともかく、村山首相は何もしてくれなかったしね。官邸でカレー食ってTV見物して、自衛隊出動を遅らせ、海外からの救助犬を入国させなかったもんね)、どこか複雑だった。

 自分たちが今、世界から哀れまれている弱者なのだということに、一種独特の感慨があった。「人の善意がわからないのか!」という非難を覚悟で書くが、今までさんざんTVを見て安い同情をしまくってきた側だった自分が、同情される側に回った、という気分は、ごく正直に言えば、そう愉快なものではなかった。
 そして、先進国日本の市民、なんて気分が、どれだけいい加減で危ういものか思い知った。自分の中のちんけな傲慢さにしっぺ返しされた思いだった。それは震災の翌日、何もなかったように平常通り動いている大阪に出て、眩暈のような衝撃を感じたことと共に(そして、出社し、被害のなかった地域から通う同僚から、はしゃぎ気味の安い同情を浴びせられた時の気分と共に)、なお深く心の中に残っている。

 だからどうということもないんだけどね。
 同情するなとか、そーゆーえらそうなことを言いたいんじゃない。私だって、この空前の災害の被害が少しでも小さくおさまればいいと祈るしかできない、ただの野次馬なんだもん。
 ただ、被災者の身になる、被害者の身になるなんてのは、そう簡単なことじゃないってのはなんとなくわかる。同情ってのは、人に向けるときにはすごく取り扱いの難しい感情だなって。

 だから、あのキャスターの言葉は、痛みと苦さのこもった実感だなと思うわけ、私は。
 あれは傲慢な台詞っていうより、自分の傲慢さを多少なりとも初めて思い知った人間の、当惑に満ちた、正直な感想だなと思うわけさ。

CNN日本版特集記事
ロイター・アメリカ版(editor's choiseで画像特集、どっかに動画も。なお、現在、大手ニュースが流す画像には視察に行った大統領専用機から撮られ、プレスに流されたものも混ざってる。向こうの大統領府はそれでも動きが速いよな)←9.3追記 と思ってたらとんでもねえ初動の遅さが判明。自慢のFEMA(連邦危機管理庁)は役立たずかよ。

*1 無論、日本の文化圏における同情と、キリスト教圏のsymathyのニュアンスは微妙に違う(当然、イスラム教圏でも違うだろう)。「いいことをしている」意識が強い日本に対し、向こうには、こういう時の援助はキリスト者の「義務」であり、いいことをしてるんじゃない、当たり前のことをしてるんだという認識がどこかにある。これはキリスト教に対する思いがどうであれ、押しつけがましいとはいえ、褒めるべき姿勢だと私は思う。
[PR]